2014年12月17日水曜日

リターン・トゥ・ケインズ B・W・ベイトマンほか編 金融危機後の経済学界の変化 - 日本経済新聞

リターン・トゥ・ケインズ B・W・ベイトマンほか編 金融危機後の経済学界の変化

日本経済新聞

世界金融危機とその後の深刻な不況は、マクロ経済学研究の方向に大きな疑問を投げかけた。危機前には、ケインジアンと古典派の長期論争の中から、両者を統合したニューケインジアンの動学的確率一般均衡(DSGE)モデルという新たな標準が生まれ、最適な政策ルールが ...世界金融危機とその後の深刻な不況は、マクロ経済学研究の方向に大きな疑問を投げかけた。危機前には、ケインジアンと古典派の長期論争の中から、両者を統合したニューケインジアンの動学的確率一般均衡(DSGE)モデルという新たな標準が生まれ、最適な政策ルールが分析されるようになっていた。危機によって、現実と理論の双方が崩れたかのように思われた。市場の価格発見機能や調整機能を信用して、均衡点の周囲における変動を分析することの、現実妥当性が揺らいでいた。

(平井俊顕監訳、東京大学出版会・5600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

危機対応の諸策が施される中、学界においては研究パラダイムの再検討が進められた。温故知新も有力な研究戦略となった。不況下の財政政策の有効性が再評価されたり、第2次大戦後に懸念された長期停滞論が再注目されたりしている。本書に収められた諸論文は、主流派となったニューケインジアンとは異なる諸視点からケインズの遺産を検討しており、時宜にかなった出版といえよう。危機前から開催されてきた「国際ケインズ・コンファレンス」に基づく研究成果の邦訳で、粘り強い学説史的研究から現在の経済状況・政策に関する論究まで幅広い。

例えば、ジェームズ・トービンはケインズ経済学に対するミクロ的基礎づけの先駆者とみなされるが、ニューケインジアンが進めていた価格粘着性を中核とする研究方向については懐疑的だった。20年余り前、ニューケインジアン学派が形成されつつある中に開催された彼の講演に、激励を期待した若手研究者達はがっかりしたものである。

本書では彼の考えの背景が紹介されている。また、ニューケインジアンの旗手であるマイケル・ウッドフォードの研究枠組みを、クヌート・ヴィクセルやエリック・リンダールら20世紀前半に活躍したスウェーデンの先駆的研究者のものと、丁寧に比較した論考も興味深い。日本の研究者が中核となって推進されてきたコンファレンスであり、日本の経験に基づいた寄稿も含まれていることが喜ばしい。

現時点で米国経済は回復しつつあり、複数利子率の導入などでDSGEモデルも拡充されてきている。今日の経済システムは、世界金融危機という大ショックを乗り切りつつあるのではないだろうか。学界では、危機前の主流派パラダイムの一部は放棄され、非主流派の一部が取り入れられていく。やや読みにくい訳も散見されるが、本書のどの部分が再評価されるのか思い巡らすのも楽しみ方だろう。

(神戸大学教授 地主 敏樹)

[日本経済新聞朝刊2014年12月14日付]

リターン・トゥ・ケインズ

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出版:東京大学出版会

価格:6,048円(税込み)

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